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【2004年・すぐれたTV番組大賞・選考過程】

◆平成16年の「すぐれたTV番組大賞」は下記選考委員の討議により決定しました。その討議記録の一部を公開します。

【すぐれたTV番組大賞選考委員】
キタ・ミキ/タケイ・ミキ/ジャクリーヌ草壁/大久保タランティーノ清/瀬戸内弱小/桃色ダイオード中村/ノーベル田中/サーヤ黒田
客員選考委員・小池壮彦


キタミキ:「あらかじめみなさんに投票していただいているので、その結果から発表します・・・」
大久保 :「まさか冬のソナタじゃないだろうな」
キタミキ:「えっと・・・投票の結果は、圧倒的に冬のソナタです
(拍手)
大久保 :「そんなこったろうと思ったが、まだ小池さんの投票を開けてないはず」
瀬戸内 :「小池さんは忠臣蔵でしょう」
キタミキ:「では小池さんに送ってもらった投票用紙を開けます・・・冬のソナタです!
(拍手)
桃中村 :「このやり方は無効だと思う。ウクライナの選挙と同じだろ」
サ黒田 :「だから民主主義はダメなんですよ
キタミキ:「わかってます。投票はあくまで参考です。本題はここからです」
ジ草壁 :「そもそもこの企画はなぜ始まったのでしょう?」
キタミキ:「そもそもは小池さんの発案なのです。きっかけはNHKアーカイブスなんですが、昔のテレビはすぐれていたと」
ジ草壁 :「今日は小池さんは来ないんですか?」
キタミキ:「来ないです。呼んだのですが、『行かない』という返事でした」
大久保 :「NHKアーカイブスはいいね。赤ひげできちがいって言葉、カットしなかったのは偉いよ

瀬戸内 :「2回あったんですよね、きちがいってセリフ。放映するならカットしないのは当然だけど、倉本聰の意向もあったのかな」

【赤ひげ】 2003年6月22日のNHKアーカイブスで、1973年のドラマ「赤ひげ」から最高傑作として名高い「第19回〜ひとり〜」が放映された。主演は小林桂樹。脚本は倉本聰。このドラマで登場人物のセリフに「きちがい」という言葉があり、今日では放送禁止用語といわれているが、NHKアーカイブスはノーカットで放映した。

大久保 :「放送禁止てのはあくまで幻想に基づく自粛にすぎないからね。放送してはいけない言葉なんて存在しない」
キタミキ:「ええ。だからいまでもいい番組はあるんです。その最たるものが2003年に放映されたんですね・・・」

【その最たるもの】 2003年8月14日にNHKスペシャル「映像記録 昭和の戦争と平和〜カラーフィルムでよみがえる時代の表情〜」という番組が放映された。戦前の庶民の姿を映したカラー映像はほとんど存在しないといわれていたが、実は予想以上にあることがわかり、デジタル処理して現代に甦らせた番組であった。この番組に出てきた映像は、これまでにまったく見たことのないものという意味で「映像の世紀」(NHKスペシャル1995年〜1996年&2003年)以上のインパクトがあった。

キタミキ:「・・・というわけで、すぐれたテレビ番組もあるので、テレビを応援する企画なんです」
タケイ :「あのカラー映像は鳥肌モノでしたね。ああいう番組やってくれればNHKの不祥事なんて笑って許せる
ジ草壁 :「候補作はNHKばっかりだけど、まあ仕方ないか・・・」
大久保 :「民放ではフジの報道2001ががんばってたと思う。桜井よしこの話おもろい
瀬戸内 :「他の報道番組がダメだから目立ってただけということもあると思うけど」
大久保 :「やわらかい物腰できびしい発言するって絵が快感なのよ。中山元参与とか、皇太子殿下の発言もそうだが」
キタミキ:「大みそかの夜は紅白歌合戦ですよね。なんといわれようと」
ノ田中 :「うん。当然そうだけど、「PRIDE 男祭り2004 SADAME」も見てた。戦闘竜VS滝本誠は玄人好みのいい試合だった」
タケイ :「あれはいい意味での八百長というか・・・」
大久保 :「戦闘竜が本気出せば滝本なんてボコボコにされてるよ
桃中村 :「戦闘竜はメンタリティが日本人なんですね。滝本が見せたのは戦闘竜を浮かせて投げた場面ですが、あれは・・・」
大久保 :「筋書きにあったにしては戦闘竜の浮き方がリアルだった。あそこは本当に油断したのかもしれない」
サ黒田 :「話は変わりますが、NHKスペシャルっていえば、遺された声ってやったでしょ。あれは候補に上がってないの?」

遺された声】 2004年8月14日にNHKスペシャル「遺された声〜録音盤が語る太平洋戦争〜」という番組が放映された。旧満州国でラジオ放送された録音盤に開拓移民の証言・特攻隊員の遺言などが記録されており、声を残した人々の足跡を番組スタッフが追うというものだった。

大久保 :「あれは惜しいと思う。素材はいいのに番組の傾向に反日色があった
キタミキ:「特攻隊の遺族に『いまでも特攻は正しかったと思うか?』という趣旨の質問をしてました」
大久保 :「特攻は間違ってたという発言を引き出したいスタッフの誘導だね。遺族はひっかからなかったけど(笑)
タケイ :「朝鮮人の特攻隊員の遺族も追ってたけど、もっと日本人遺族を重視してほしかったです」
サ黒田 :「戦時中は朝鮮人も日本籍だったんですよ。だから差別はできないということでしょ」
大久保 :「別に現在の日本人遺族を重視することが朝鮮人差別にはならないだろ。わざわざ現在の朝鮮人遺族を特化する必要はない」
タケイ :「そう。特化してるように見えた段階で失敗なんです
ジ草壁 :「候補作以外にもNHKはいい番組多かったですよ。教育テレビの文化番組系で。劇場中継とかも」
キタミキ:「わかるけど、そういうのはNHKならやってあたりまえなのよ。特にすぐれた企画ではないと思う」
ジ草壁 :「私は心情的には冬のソナタなんだけど、遺族たちは生きた−熊本大洋デパート火災から30年−ってすごかったと思う」
大久保 :「それ同感。結局あれよりすぐれた番組が出てくるかどうかが2004年の課題だった
キタミキ:「実は私もそうなの。30年たってからあらためて大洋デパート火災に目を向けたという、その趣旨に鳥肌がたった
ジ草壁 :「プロジェクトXでホテルニュージャパンの救出のやつやったでしょ。ああいうヒロイックなのもいいけど・・・」
キタミキ:「遺族たちは生きたの自然体の方がはるかによかった。プロジェクトXは根本的に何か間違えているとさえ思った」
桃中村 :「地方局ですぐれた番組を作ってるんですよね。広島局でも原爆の番組やってますよ」
大久保 :「中央でやらないと知りようがないというのは不幸だよね」
キタミキ:「驚いたのは、大洋デパートで家族を亡くした人たちが、みんなとってもいい表情してたこと
瀬戸内 :「それは私も思った。大変な苦労してるはずなんだけど、仏さまみたいな顔のおばあちゃんいたでしょ」
キタミキ:「そう。あとお父さんを火災で亡くした娘さん。火事のとき、まだ赤ちゃんだったのよね」
タケイ :「大人になって、父親がどういう死に方をしたのか知りたい・・・と思う。あの展開はよかった」
キタミキ:「娘さんが消防署を訪ねて資料を見せてもらうシーンとか、ヤラセっぽいんだけど許せる
大久保 :「ああ、ああいうのはあっさり許せる。ドキュメンタリーってそういうもんだよ・・・」

(中略)

キタミキ:「ドラマ賞って作ります? 冬のソナタは外国ドラマ賞?」
大久保 :「それを設置するなら忠臣蔵だろ。外国ドラマはなんでもいいよ」
瀬戸内 :「冬ソナはいまさらの感もあるわね。あと忠臣蔵はへたしたら毎年やるわよ」
桃中村 :「毎年忠臣蔵がドラマ賞になりかねない?まあマツケンの大石はよかったし近年じゃよくできてたけど」
大久保 :「ダメなドラマ賞はあれだ、イヌと呼ばれた男
桃中村 :「サルでもイヌでもハズした男(笑)
ジ草壁 :「江守徹のナレーションだけスグレもので、そこだけ浮いてるのよね。アンチテレ朝の忠臣蔵のつもりだったのかしら」
大久保 :「ギャグだろ。浅野内匠頭が陣内孝則の時点で。将軍綱吉はなぜか戦後民主主義に染まってるしな(笑)
瀬戸内 :「NHKの深夜BG映像は?特別賞ものだと思うけど」
大久保 :「ミュージックボックスとかね。夜中に仕事してるとあれは助かる。候補になってる風情・日本は究極だった」
キタミキ:「CM賞はどう? トヨタホームのCM好きなんだけど」
タケイ :「私あれ、泣いちゃった(笑)。お父さんがとってもよくて。あの音楽ってカーペンターズ?」
キタミキ:「ゼイ・ロング・トゥ・ビー・クローズ・トゥ・ユー。歌ってるのは違う人」
桃中村 :「作曲したのバート・バカラックなんですよね。僕はあれずっとカーペンターズの兄貴が作ったんだと思ってた」
ジ草壁 :「あの曲に弱い世代をねらってる計算が見え透いてるところはあるわね。ある意味反則」
大久保 :「あのCMたしかにいいけど、話が続くうちに質は落ちてきてる。建築現場編はよかったが」
瀬戸内 :「あれ以上は話の続けようがないものね。幸福はいつまでも続かないだろうし(笑)」

(以下略)


【2004年・すぐれたTV番組大賞候補作】

平成16年(2004)10月18日〜放映
テレビ朝日『忠臣蔵』

奇を衒わず一貫して忠臣蔵の忠臣蔵たる名場面のみで構成。
第1回を見たかぎり東映時代劇の粋ここに極まる。
中村幸代の音楽よし。

平成16年(2004)7月7日〜放映
テレビ朝日『はぐれ刑事純情派』

これも入れときますね。

平成16年(2004)4月〜8月放映
NHK『冬のソナタ』

実は「冬のソナタ」を候補にするか、モメました。
モメた理由は内容ではなくて、2年前のBSの再放送である点がひっかかりました。
しかし結局その点は不問に付すことになり候補作に決まりました。
愛染かつら、君の名は・・・の系譜のドラマをいまの日本は作れなくなっている。
たしかにその手のドラマの役割は終わった感があり、君の名はのリメイクも失敗しました。
しかし失敗の原因はあの手の寓話が求められていなかったわけではなくて、役者と脚本がダメだっただけなのです。
その証拠に真珠夫人→牡丹と薔薇のラインはがんばっている。ただし、女優しか評判にならないところがミソです。
ペ・ヨンジュン程度が光って見えるほど日本の若手男優の人材不足は深刻なのです。

平成16年(2004)7月5日〜9月放映
テレビ朝日『子連れ狼―完結編―』

最後の硬派時代劇。

平成16年(2004)6月19日放映
NHK『土曜インタビュー』コメディアン萩本欽一さん

コメディアンになったきっかけは、貧乏だった少年時代にさかのぼる。
借金取りに頭を下げつづける母。額が床にゴツン、ゴツンと当たる音を聞きながら決意した。
金持ちになりたい。ある日雑誌の写真で俳優の豪邸を見て芸能界入りを決意。しかし鏡を見て俳優はあきらめた。
芸能界で一番競争が少ないのがお笑いだった。この道を選んだのはいわば消去法にすぎない。
戦後の浅草時代、あがり性のため舞台に立つと言葉が出なくなる。これでは務まらないと思った。
売れない坂上二郎と出会うが、肌が合わず決別。熱海でひとり漫才をやりながら将来を考えた。
たまたま東京に帰ったら電話があり、出ると坂上二郎。「もう一度いっしょにやらないか」
昭和41年、コント55号結成。ぶっつけ本番・ほとんどアドリブのコントが受けて大ブームになった。
テレビでもひっぱりだこだったが、裏番組で始まったザ・ドリフターズ「8時だよ!全員集合」の前に敗北。
しかしその後も「欽ドン!」で盛り返し、素人役者の才能を引き出してお笑いに革命を引き起こした。
昨年坂上二郎が脳梗塞で倒れ、今年は初心に帰って舞台でコント55号を復活。
今後のことは・・・という三宅アナの質問にしばし考えてから、欽ちゃんはこう答えた。
「長さんがいなくなって、二郎さんも倒れて・・・そうすると何もないんだよ。もう終わりなんだね」
ショッキングな本音であった。
「いまの舞台も、これで終わりだと思ってやってます」
飛ぶ鳥を落とす勢いのコント55号を知る世代には寂しくもあったが貴重なインタビューだった。

平成16年(2004)6月15日放映
NHK『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』列車炎上 救出せよ 北陸トンネル火災

昭和47年11月6日、日本第2位の長さを誇った北陸トンネル内で国鉄夜行急行「きたぐに」が炎上。
連絡を受けた敦賀市美方消防署課長、岸下正男は怒りがこみあげた。
国鉄は過去の安全管理要望書をすべて棚上げしていた。
トンネル内に残された乗客は760人。国鉄は救援列車で乗客を運び、「救助は完了した」と報告。
しかしその後の非常電話でまだ100人以上の乗客が取り残されていることが判明。
国鉄はあてにならない・・・。岸下は煙の充満するトンネル内への突入を決意。同行する4人の隊員を選んだ。
死地に飛び込むに等しい行為だった。妻子のいる者は同行者からはずした。
岸下は自ら先頭に立ち、4人の精鋭を引き連れて決死の救出作戦を敢行した・・・。

平成16年(2004)6月8日放映
NHK『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』「宿命の最強決戦」

柔よく剛を制する――しかし東京オリンピックで日本柔道は、オランダの巨人・ヘーシンクに敗退する。
腕力の前に技は通じないのか。柔道の本質がゆらぐ中、ヘーシンクに敗れた神永明夫は、日本柔道再建を決意する。
あくまで技の理論である。筋トレはやらず、技の真髄を磨く。柔道は力ではない……。
神永の理論を継承した上村春樹は、モントリオール五輪でロシアの巨漢チョチョシビリと対戦。
豪腕のチョチョシビリは優勝候補筆頭だったが、まったく力を出せないまま上村に完敗する。日本柔道復活。
なぜロシアの巨人は、なすすべもなく負けたか。
実は上村の手首の返しが、チョチョシビリの腕力を完全に封じ込めていたのだ……。

平成16年(2004)4月13日放映
NHK『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』「不屈の町工場 走れ魂のバイク」

日本の4大メーカーが最新鋭のマシンを投入して凌ぎを削る「鈴鹿8時間耐久」。
その日本最大のバイクレースに参戦した一介の町工場「ヨシムラ」。
奇跡といわれた技術で一職人の小さなチームがホンダ率いるレースチームを完膚なきまでに打ち破った軌跡を描く。

平成16年(2004)3月11日放映
NHK『天才ライダーの肖像−加藤大治郎・26年間の軌跡』

3歳でポケットバイクに乗り、16歳でロードレースデビューを飾り、
21歳でWGP日本グランプリ優勝を遂げた天才ライダー加藤大治郎。
若き世界のトップライダーが2003年4月20日に26歳で他界するまでのドキュメンタリー。

平成16年(2004)3月6日放映
NHK『地球に乾杯』「天空を駆けるレース−マレーシア・キナバル山−」

東南アジア最高峰、標高4095メートルのマラソンレースを完全ドキュメント。
歴戦の王者メキシコのリカルド・メヒアに、イタリアの新鋭マルコ・デ・ガスペリが挑戦。激しいデッドヒートを繰り広げる。
鉄人リカルドもすでに40歳。新鋭マルコは彼を尊敬してこの道に入った。
レースは予想通り、リカルドをマルコが追う展開。そして若者マルコは、ついにレースの山場でトップに立つ。
しかしその後に無念の転倒。2位につけていたリカルドは一気に抜き去るチャンスだったが、鉄人のプライドはそれを潔しとしなかった。
レースを中断し、若いマルコに手を差しのべる。あらためて正々堂々のレースが展開され、壮絶な死闘ののちに同着でゴール。
勝負は写真判定にもちこまれ、僅差でマルコの勝利と判明。鉄人は晴れやかに若い力を賞賛した。

平成16年(2004)2月24日放映
NHK『沖縄九州スペシャル』「遺族たちは生きた−熊本大洋デパート火災から30年−」

九州地方で2003年12月5日に放映された番組を夜中に全国放映したもの。
あの大惨事で、夫を亡くした妻、息子を亡くした母、父を亡くした娘・・・。
それぞれの思いと30年の歩みを描いたドキュメンタリー。


平成16年(2004)2月24日・3月24日・4月9日放映
NHK『風情 日本「東京〜面影」

NHKの深夜BG映像。
懐かしい日本の町並み映像に大貫妙子と矢野顕子の名曲を流した逸品。


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